The story of "Hell's Kitchen"
Rating---未定
Pairing---NDN
Summary---
長い長い時間を生きる孤独な半人半魔のおとぎばなし。舞台はなんとなくニューヨークでなんとなく世界史ネタでなんとなくヘルズキッチン。名前が悪魔っぽいから。基本はネロと4ンテ。
Note---
ゲーム本編の物語とは全く関連していないお話です。いわゆるパラレルが苦手な方はご注意下さい。個人名、団体名、地名、施設名含めてすべてフィクションです。実在するヘルズキッチン地区とは関係ありません。




The story of "Hell's Kitchen"
ヘルズキッチン

-introduction-

 昔話をしよう。遠い遠い、海の向こうに置いて来てしまった、遥か昔の話だ。

 男は海の青と空の青に眩しく抱かれた地中海のほとりに生まれた。母はコルシカの美しい娘で、ジェノヴァの要職にあった父に見初められ、二人は結婚した。父は国の仕事を辞し、より穏やかな暮らしを求めて一家とともにナポリへ渡った。そしてかつてドミニコ会にて学んだことから、幸運にもナポリ大学で職を得ることとなった。
 男には双子の兄弟があり、名をウェルギリウスといった。ウェルギリウスは弟よりも勉学に秀で、十の時分にはプラトンやコペルニクスを読み、何時間でも思想や宇宙の有り様について考えを巡らせ語るのを好んだ。その相手は常に父であり、父も大学の教授の職の傍らで聡明な息子と語らうことを楽しんだ。

 しかし家族の幸福は長くは続かなかった。次第にカトリック改革の風がローマにほど近いナポリへも辛く吹き当たるようになっていった。禁書目録に掲載されていた書物を所持していたとして、異端の疑いをかけられた父は、ほどなくして異端審問所の依頼によってナポリ王国の官憲に逮捕され、ローマへと引き渡された。ウェルギリウスもまた、同じ嫌疑によって異端審問官により家族と引き離された。彼は剣を向けられてもヘルメス文書の写本を手放そうとしなかったが、その刃が母に向くと、本を焼き捨てる代わりに異端審問所への出頭を承諾した。命をかけた願いも虚しく、写本は審問官の前で暖炉の火に焼べられた。異端は書物も人も等しく火刑に処せられるという恐ろしい噂だけが駆け巡り、連れ去られた兄の行方は春を幾つ数えようとも知れなかった。もしもできたことなら母子二人は命が尽きるまで待っただろう。だがナポリは最早それを許してくれる土地ではなくなっていた。

 男は母とともに長く欧州を放浪し、イングランドへ辿り着いた。そして多くの年月をそこで過ごした。母は黒死病で死んだ。住み着いた町を黒死病の猛威が襲い、母だけでなく多くの人々が死に、墓地は死体で溢れ返った。男は生き残り、また更に更に多くの年月を同じ町で過ごした。その上、大火に見舞われた町はあらかたが焼け落ちたため、新しく作る建物はすべて石とレンガ造りにするようにという法が布かれた。町の姿は一変した。新しく敷かれた広い街路には整然と素っ気ない直線で造られた建物が並んだ。古い城壁と門は取り壊された。闇はガス灯で照らされ、代わりに明け方は深い霧で閉ざされるようになった。
 それでも男は尚もそこに留まろうと考えていた。しかしある日、忽然と現れた不思議な催し物が男の心に俄なさざ波を立てた。
 男のお気に入りだった広々とした公園のど真ん中に、鉄筋とガラスで作られた巨大な宮殿が造られ、見たこともない数のひとともので埋め尽くされた。熱に浮かされたような祝典が始まった。お祭り騒ぎは半年余りも続き、人々が木枯らしにコートの襟を立てる頃になってようやく終わった。
 男は考えた。こんなものは自分が家族と暮らしていた頃のナポリにはなかった。どうやら世界はすっかり変わってしまったらしい。聞けば、このお祭り騒ぎは二年か三年かあとにまた別の場所でやるかも知れないという。それは大西洋を越えた向こうの移民の国だった。
 男は荷造りをし、旅立つことにした。あまりに長い間同じ場所で暮らしていたので、大きな旅をするときにどんな支度をすればいいのか、まるで勝手が分からなくなっていた。結局、船のチケットとお気に入りのコートやブーツといった身の回り品をのぞいて、すべてを処分した。こんなに長く一人で孤独もいとわずに居られたのは、生死の分からない兄を待っていたのかも知れないと思った。だがあのガラスと鉄筋の宮殿を見てふと気付いたのだ。すべては変わってしまったらしい。今や誰がヘルメス文書を持っているなどという理由でどんな未来でも持っていた筈の若者を牢獄へ引っ立てていくものか。プラトンを読もうがコペルニクスを読もうが誰も咎めやしない。自由だ。自由が男の寂寥を暴き立てた。

 ひと月の船旅ののちに男は新大陸のはずれの小島へたどり着いた。移民管理局を通されるとまたフェリーに乗せられた。フェリーの甲板から男は不思議なものを見た。橋のかかっていない大きな河に挟まれた広々とした島である。その島にフェリーは向かっていた。港に着くと、同じフェリーに乗り合わせていた他の移民達はそれぞれに、あるいは出迎えの者とともに散って行った。身一つで放り出された男はやや途方に暮れた。仕方なく、取り敢えず一夜を休む場所と食事を探してそこらじゅうを歩き回った。ふと懐かしい匂いを嗅ぎ付けて覗き込んでみれば、ピザとパニーニを売る店だった。早速なけなしの金でピザを買おうとすると、ポンドは駄目だと断られた。ドルだよ、ここはアメリカだ、ドルじゃなきゃあだめだ、それともあんたはお仲間かな、リラなら受け取ってもいい。どちらも持ち合わせが無かった男は、ジャケットのボタンにしていた古い1フローリン銀貨を千切って渡した。店員はびっくりして一番大きなサイズのピザを五枚も油紙に包んで袋へ詰めてくれた。島の真ん中には大きな公園があって、長い間男がお気に入りにしていた、あの公園に似ていた。公園の真ん中でピザを頬張りながら、男はここに住もうと思った。大きなピザから一個ずつオリーブの実を摘んで袋に戻しながら、次からはちゃんとオリーブ抜きにしてくれと頼もう、と思った。


 やがてハドソン河にはブルックリン橋が架かり、地下鉄が開通し、戦争が二回あって、最初にピザを買った店はなくなった。相変わらず金はないが、銀貨をピザ代に充てることはもうしていない。自分なりに稼ぐ方法はなんとなく見つけた。寝る場所と仕事場はいっしょだ。
 ヘルズキッチン。この素晴らしい町。


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*参考年表*
1542年 ローマの異端審問所設置
1557年 ローマで禁書目録制定
1545-1563年 トリエント公会議(カトリック改革)
1600年 ジョルダーノ・ブルーノ処刑
1665年 ロンドンでペスト流行、七万人が死亡
1776年 アメリカ合衆国独立
1851年 ロンドン万博
1853年 ニューヨーク万博
1883年 ブルックリン橋建設
1904年 地下鉄開通
1914-1918年 第一次世界大戦
1939-1945年 第二次世界大戦
1948-1950年代後半まで 赤狩り旋風